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豊圀神社の「本殿」と「神鐘」

神鐘
池庄町に鎮座します「豊圀神社」には、当地の先人から引き継がれた神社習合の名残としての「神鐘」が存在します。
昭和16年(1941年)、政府の「金属供出令」により、戦時下の日本を支える戦時物資として供出された旧神鐘は、今から300年以上前の正徳5年(1715年)に鋳造されたものでありましたが、戦闘武器の材料として熔解され、国に殉じました。
旧神鐘は、終戦後間もない昭和22年(1947年)に氏子中らの熱意により、東近江市長町の「金壽堂」黄地佐平氏により新たに鋳造され、再び当地で住民らを見守りながら復活を遂げた全国でも希少価値の高い神鐘であり、約80年の歳月が流れていました。
しかし、その神鐘も館の経年化により修復が必要となり、令和7年(2025年)に改築され、現在の姿になりました。
本殿と神鐘の経過
<本殿>
元亀2年(1571年)戦国大名「織田信長」の近江侵攻に伴い。兵火により神社全体が消失して灰燼に帰す
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寛政元年(1789年)氏子らの熱意と努力で再建
<神鐘>
旧神鐘
正徳5年(1715年)に鋳造:江戸時代
↓
昭和16年(1941年)に国へ供出
戦時下における政府の「金属供出令」により供出・消失
現(新)神鐘
昭和22年(1947年)に新鋳造(長町金壽堂にて鋳造)
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令和6年に神鐘館の経年劣化による修復が必要となり、令和7年(2025年)竣工
新神鐘堂の建築中写真




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旧神鐘堂




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